1989年12月

木村拓哉「盲導犬」日生劇場

12月5日、ついに舞台「盲導犬」の幕が開いた。「盲導犬」は、澁澤達彦の小説「犬狼都市」をもとに、唐十郎氏が脚本、蜷川幸雄氏が演出を手がけた。実はこの「盲導犬」、16年前に唐&蜷川の2人が、初めてコンビを組み、アートシアター新宿文化で上演。各方面から絶賛を浴び、伝説的な名舞台として語り継がれてきたもの。今回は、その再演ということもあって、出演者たちの意気込みも並じゃなかったのでは?

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初めての舞台で、この作品に臨むことになった拓哉。拓哉の演じる”フーテン”は、唐氏が20歳のころ、理想としていた人間像とか。把握するのも難しければ、それを演ずるのは、もっともっと難しい。12月5日の初日を前に行われた通し稽古中、拓哉の緊張ぶりは痛いぐらいに伝わってきた。27日までの舞台を演じ終えたころ、拓哉は、きっと一回りも二回りも大きい男になっているだろう。

「盲導犬」の舞台に立つ拓哉からの中間報告

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舞台の稽古は、ハンパなく大変だった。蜷川さんてね、普段は普通のおじさんなの。でも、芝居のことになると人が変わるの。デビルマンのように変身するんだよ(笑)。最初のころは、メタメタに言われて、もうボロボロ。「バカヤローッ!こんなとこまで来て、アイドルの芝居するな。これは、ショーじゃないんだ!」とか、怒鳴られまくって。

今回の”フーテン”という役は、難しかった。フーテンは、唐十郎さんが20歳のころ理想としていた人間像で、どんな社会、どんな状況にあっても”魂の自由”を貫こうとする純粋な心を持っている少年。でも、最初なんて、台本を読んでも、全然意味がわからなかった。フーテンがどんなやつかつかむために、台本を100回は読んだと思うよ。

だけど、セリフを覚えても、その先が大変なの!セリフを覚えるだけなら誰にでもできるよ。時間さえかければね。セリフを覚えて、稽古に行くでしょ。で、蜷川さんにメチャクチャに言われてさ、言われても言われても、できないことがあったのね。言われてる意味は頭ではわかるんだけど、自分で表せないの。言い方とか表情とか動きとかで、表現できない!頭にくるほどできないの!自分でも、やになっちゃった。それでいちばん悩んだね。

岡本健一くんにも、電話でいろいろ意見を聞かせてもらった。岡本くんも蜷川さんの舞台(「唐版 滝の白糸」)で苦労したらしくて、ぼくの気持ちをわかってくれたみたい。最初に稽古場に見に来てくれた帰り、家まで送ってくれたんだけど、「おまえ、辛いだろう」ってひと言。ぼくもひと言「はい、辛いです」って。芝居って、こんなに難しいと思わなかったよ、やってみるまでは。やった人じゃないと、わかんないよ、どんなに辛いかは!(笑)

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舞台の初日は、すっごい緊張したね。本番前のベルが鳴るでしょ。ブ~ッて。あんなに緊張したの、生まれて初めてじゃないかな。出演者もみんな、すごくつまんないことでも笑っちゃうの、緊張しすぎて(笑)。蜷川さんも上がってたみたい。廊下とかをずーっとウロウロしてたよ。「蜷川さん、落ち着いて下さいよォ」って感じ(笑)。なんだか、すごい雰囲気だったな、熱気いっぱいで。

初日の幕が下りたときは、ホッとしてホント「やったァ!!」って感じ。高校に受かったときと同じくらいうれしかった(笑)。桃井かおりさんと抱き合って、ピョンピョン跳ね上がって喜んじゃったよ。蜷川さんも、「よかったよォ!」ってすごく興奮してた。

初日に、うちの両親が見に来たんだけど、お母さんは「息子がここまでやるとは」って感無量だったみたい。オヤジは「どういう話か、よくわからねぇ。オレは演劇を観るのは初めてだから」なんて言ってたけど。SMAPのみんなも応援してくれてる。中居が「金、自分で出してチケット買って見るよ」って言ってくれたんだ。普通、SMAPのメンバーだったら、フリーパスで入れるのに、すごくうれしかったよ!

毎日ね、日生劇場に行くでしょ。楽屋に挨拶してから客席に行くの。3階席から舞台を見下ろして、”オレ、あのステージでやってるのか”って思う。なんか信じられないよ、あの舞台に立って、ものすごいセット、照明、音響の中で、肉声でセリフを言って。フーテンの思いや自分の思いを、見に来てくれている人に伝えて……。いい仕事ができて、ホントに幸せだよ。岡本くんの舞台を見たとき、岡本くんがすごく大きく見えたんだよね。ぼくも「大きく見えた」って言われたら、感激だろうね。

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